Mandolin Player Kzo Ishibashi

石橋敬三と楽しむマンドリンの世界

天才と凡人。

始めに書きますが、僕は正真正銘の凡人です。

自分が凡人だと言うのは少々勇気が必要ですが、今後の活動コンセプトを全うするため、思い切ってこの記事を書いています。

 

天才、凡人の議論は今まであまり積極的にしてきませんでした。

ミュージシャンという道を志し、選んだからには自分は天才の素質がなければいけないと思っていましたから。

実際にはそう思っていないにも関わらず、です。

そういった固定観念プレッシャーが常につきまとっていました。

 

先日、演奏した場でお客さんとこういう会話がありました。

 

(お客さん)いやぁ素晴らしかったです!石橋さんはマンドリンの世界ではトップ10くらいに入ってるんでしょ?

(石橋)いえいえ、とんでもない。今すぐに名前を言えるだけでも50人以上はいますよ!

(お客さん)え、そうなの?でもコンクールで賞とったりしてるでしょ?

(石橋)その時集まった人の中で賞をいただいただけですので。。。

(お客さん)でも国内ではトップクラスなんでしょ?

(石橋)技術的にはもっと上手い人いっぱいいますよ。個性では負ける気がしませんけど。

(お客さん)あぁそうなんだ。なんか意外だけどわかる気がするよ。

 

この会話でわかるように、僕は自分の技術や才能をあまり評価していません。

周りを見渡せば、自分より上手い人がうんざりするほどいますからね。

世界に目を向けてYouTubeなんか漁れば、それはもう、自分の技術不足を突きつけられるばかりです。

 

そもそも、僕は音楽家としての自分を次のように評価しています。

「基礎技術」「知識」「作曲」「特殊技法」「アイデア・企画力」の5項目を自己評価しています。

一般的なプロのイメージと比較した相対評価です。

作曲能力はそこそこ基礎技術や知識はダメダメですね。

そのかわり、アイデア企画や特殊奏法の部分が突出しています。

要するに、基礎技術や知識など、自分の足らない部分をアイデアや特殊奏法で補っているのです。

しかも、足らない部分を補っているのがバレると恥ずかしいので、なるべく派手な方法をとって、自分の強みが印象的になるように工夫していました。

 

もう一度いいます。

僕の演奏技術はいたって平凡ですし、プロとしては未熟な部分が多いです。

 

ここまで読んでも「いやいや、そんなこと言ってもレベルが違うでしょ」といって認めてくれない方もいるでしょう。

そういった方も、今後投稿する記事を読めば、どれだけ僕が自分の平凡さをアイデアと企画でカバーしていたことを理解していただけると思います。

まぁ、でも、そういう反論をしてくれる人がいたとすると、僕の作戦は完全に功を奏していたことになりますね。

逆に、平凡な技術でも、やり方によってはここまで来れるということです。

次に続きます。

2 Comments

  1. 大島 義也

    2018年7月9日 at 9:14 AM

    今回も助けていただきました。ありがとうございます。函館北方マンドリンクラブ 大島

    • kzo

      2018年7月9日 at 9:16 AM

      このサイトが少しでもお役に立てるなら嬉しい限りです。メッセージありがとうございます。

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