演奏も作曲もブログも、中身は全部同じです。

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今回は『演奏』『作曲』『文章(ブログ)』という相異なると思われる3つの作業。

しかし、それらには重要な共通点があります。

「あるべき」という表現のほうが正しいでしょうか。

 

誰のための文章か?

趣味、つまり自分のために文章を書く、というと日記や引出し(鍵付)の中のポエム帳などが当てはまるでしょうか。

ここでは、何を書いても問題になりません。

“書きたい事” “思ったままの表現で” 書けば良いのです。

 

一方、一般に公開するブログ(一般公開のSNS日記)は違います。

“書きたい事” を書く事は表現の自由として日本国憲法第21条で保障されています。

でも、読んでくれる人がいるとすると、読む人は貴重な時間を消費して記事を読んでくれているのです。

その方に理解、または納得してもらえる内容にする努力をしないと失礼にあたるのではないでしょうか。

“思ったままの表現” で書いた場合、第三者が理解、もしくは納得してもらえるかどうか、一度考えてみることが必要です。

(※ 書き手が著名人などの場合、 “思ったままの表現” こそが喜ばれる事もありますが、一般には例外中の例外と言えます。)

また、読んだ方の気を害する表現は慎むべきでしょう。

インターネットの中であっても、公共の場で感情的になって良い事はありません。

 

演奏も同じ。

演奏であれ何であれ、表現をするという事は、その表現を受け止める人がいるのです。

そして、表現を受け止める人がいて、初めて表現の場が成り立つのです。

 

もちろん例外もあります。

かつて、12音技法で有名な作曲家シェーンベルグは「もう聴衆はいらない」と言いました。

これは歴史的な音楽発展には必要な事だったでしょう。

そもそもシェーンベルグが演奏会を実験場のようなものとして認識していたのかもしれません。

実験であれば、確かに聴衆は必要ありません。

 

話を戻します。

演奏会は、聴いてくれる人がいて初めて成り立つものです。

聴いてくれる人のために、”表現の内容” そのものを曲げるのは本末転倒ですが、その内容を理解、もしくは納得してもらえる工夫に努めるべきだと思います。

演者だけが主体ではありません。

例え無料の演奏会であっても、お客さんは交通費と貴重な時間を費やして来てくれています。

演奏以外の面も含め、演奏会全体がお客さんに与える印象を、お客さんの立場にたって考えたいものです。

 

届けたい人の立場にたつ。

演奏であれ、作曲であれ、ブログであれ、内容は自分の中から生み出されるものです。

しかし、それを外に出して、誰かに届けたいとすれば、それが正しい形で届く工夫をするべきです。

相手の立場にたって、自分の表現が適切なものかどうか確認してみても、時間の無駄にはならないのではないでしょうか。

 

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