Mandolin Player Kzo Ishibashi

石橋敬三と楽しむマンドリンの世界

Category: 意識改革 (page 1 of 2)

『作曲委嘱 無料』は実現できるのか

『委嘱料』の疑問

僕は、たまに作曲をお願いされることがあります。(ほんとたまにですが)

通常ですと、『委嘱料(作曲料)』を頂いて、対価としての成果物(作品)を納めることになります。

ですが、僕はこれについて、いつも心の中でモヤモヤしたものを感じるんです。

もちろん、自分が不満を抱いているというわけではないです。

ただ、仕組みとして、なんとなく合理的ではないような気がしていたのです。

それでは、なぜ合理的でないような気がするか、ということを紐解いていきたいと思います。

 

負担の違い

「東都アンサンブル」という楽団が、作曲家の古垣タダシ氏に委嘱して『ゴーストライダー』という曲を作ってもらったとしましょう。

委嘱料として、東都アンサンブルは、古垣氏に50万円を支払いました。

演奏会のポスターには『ゴーストライダー(古垣タダシ)※委嘱初演』という文字が堂々と目立つフォントで印刷され、話題を集めました。

演奏会当日、多くの聴衆が来場し、東都アンサンブルの公演は、業界からも高い評価を受けました。

そして、その半年後、世田谷室内楽団が再演し、また数カ月後にはアンサンブル四谷も再演しました。

(※全て仮名であり、実在する人物や作品とは関係ありません。)

世田谷室内楽団やアンサンブル四谷は、もちろん委嘱料を払っていません

払ったのは楽譜代と作品利用料のみで、合計1万円でした。

これに対し、同じ曲を演奏した東都アンサンブルは50万円を負担したのです。

同じ曲を演奏したのに、かたや50万円、かたや1万円。

ずばり、この差が、僕の心のモヤモヤの原因です。

 

そもそも『委嘱初演』とはなにか?

【委嘱(いしょく)】
” 一定期間、特定の仕事を他の人に任せること。委託。”
(goo 国語辞典より)

『初演』は文字通りですね。初めて演奏することです。

前に「世界」や「国内」などを付けることで意味を限定することもあります。

要するに『委嘱初演』とは「依頼して作ってもらった作品を初めて演奏すること」です。

 

それでは、50万円と1万円の違いは?

50万円と1万円の差額で得られるものは何でしょうか。

① 委嘱しないと存在し得ないような曲の依頼
②『委嘱初演』のプレミア感
③ 上記による楽団のブランド感アップ、集客力向上
④ 同じく上記による、団員のモチベーションアップ
⑤ 新作をいち早く演奏できる
⑥ 率先して新作を世に送り出すことによる業界活性化(社会的意義)

ざっと思いつくのはこれくらいでしょうか。

単純に言うと、この①~⑥の合計が、49万円と同等もしくはそれ以上の価値があるか、ということが判断基準になります。

もちろん、これは一つの金額例です。

委嘱料が10万円だった場合は、差額9万円分の価値を考えることになります。

 

ハードルが高くはないか

この差額をどう見るか、それは人によって様々です。

でも、僕は基本的にサービスを提供する側ですが、どうも腑に落ちないところがありまして・・・。

例えば、僕は過去に依頼されて独奏アレンジをしたものに関しては、楽譜を一般に販売していません。

楽譜を販売してしまうと、最初に依頼いただいた方だけに大きな負担を負わせてしまうような気がするからです。

もちろん、現在の委嘱料習慣を否定するわけではありません。

上に書いた①~⑥について、大きな価値の存在が共有できていれば問題ないですからね。

頼む側もそういう観点で依頼しているはずですから。

ニーズがあれば、市場原理としては何も問題ありません。

 

でも、依頼する側にとって、もっと違う選択肢があっても良いんじゃないか、と思うのです。

もっと便利な、作曲を頼みやすい選択肢があったほうが良いですからね。

そう、ハードルは低いほうが良いのです。

 

委嘱料以外の選択肢

委嘱料を払う以外で、作曲をお願いする選択肢はないのか・・・。

一昨日、僕は湯船につかりながら、一つ思いつきました。

こういうのはいかがでしょうか。

 

作曲者「委嘱料は頂きません!その代わり楽譜を〇〇冊買ってください!」

 

要するに、「委嘱料を払う」から「一定量の楽譜の購入を約束する」への転換です。

楽譜は公平な価値をもっていますからね。

買った楽譜を団員でわけあうもよし、タダで配るもよし、転売するもよし。

演奏会場などで買い取った楽譜を販売し、全部売れれば実質無料で作曲をお願いできる、という仕組みです。

こんな事を言い出すとまた、「粋(イキ)じゃない」等とお叱りをいただきそうですが、現時点では一番合理的なアイデアだと僕は思っています。

新曲を頼むハードルが低くなるということは、世の中に新しい作品が多く送り出されるキッカケになりますからね。

また、新作発表の段階で楽譜が入手可能な状態だと、作品の流布としても効率的です。

 

というわけで、今後しばらくは、僕に作曲の依頼を頂ける場合、委嘱料は不要です。

その代わり、楽譜を一定量ご購入いただきます。

※「校歌」「社歌」など、部外者からのニーズが想定できない依頼の場合は除きます。

 

疑問に思ったことに対しては、1つずつ考え、自分なりに答えを出す。

最近心がけていることです。

長文を最後までお読み頂き、ありがとうございました!

 

事務所に入らずに音楽で生計を立てるためにすべきこと(3)

過去の記事:

事務所に入らずに音楽で生計を立てるためにすべきこと(1)

事務所に入らずに音楽で生計を立てるためにすべきこと(2)

 

 

今、パソコンのキーを打ちながら僕は考えています。

この記事を読んでくれるのはどんな人なんだろうか・・・、と。

 

おそらく「今すぐにでもプロになりたい」という方は少数で「チャンスがあれば(機が熟せば)プロになってみたい」という方のほうが多いのではないでしょうか。

(もちろん、プロなんてなる気はサラサラない、という方も多いとは思いますが・・・。)

 

プロとチャンスと実力と・・・

僕もかつては「チャンスがあれば・・・」と考えていました。

さらに言うと「いつか実力が伴うようになれば!」とも思っていました。

でも、散々チャンスを待って待って待ち尽くしたある時、思ったんです。

 

『チャンスってなんだ?』

『実力が伴ったら・・・とはいうがゴールはどこなのか?』

 

チャンスはいつ来るのか?

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チャンスは待ってるだけでは、まず来ません。

僕の場合は、プロを目指した学生の頃、コンクールで入賞することを目標にしてきました。

入賞すればなんとか道がひらけると思ったからです。

でも何度入賞しても、プロの道は現実になりませんでした。

チャンスが来なかったわけではありません。

僕自身、入賞した後の具体的なプランが全く無かったからです。

 

チャンスは、行動しようとしている人の元に来るのです。

行動しない人にチャンスは来ません。

 

実力がないから何もしない?

また、「プロになるには実力がないから・・・」というのも言い訳です。

行動しない自分を正当化しているだけなのです。

 

プロになるためには、演奏の実力を高める以外にも色んな準備が必要です。

それでは、その準備はいつから始めるのでしょう?

 

実力が伴った(と自分が判断できた)段階から始めるのでしょうか?

 

それでは、時間がもったいないです。

人生は1度きりです。

プロになる準備は、今すぐに始めるべきです。

 

 

そこで、演奏技術以外に持っていると便利なスキルをまとめてみました。

(飽くまで、僕のノウハウに準拠したものですので、このスキルがないとプロになれないというものではありません。)

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独立系ミュージシャンに必要なスキル例

① web検索

  条件検索などを使いこなせると市場分析に役立ちます。

② ワード、エクセル

  納品書・請求書作成、経理等で必要になってきます。

③ サイト構築・運営

  公式サイトの作成、運営が必要です。Wordpressがとっつきやすいでしょう。

④ アクセス解析

  Google Analyticsでアクセス解析して、潜在的な顧客を分析します。

⑤ 音源編集

  録音した音源を編集できると便利です。スピーディに音源配信ができます。

⑥ 動画編集

  プロモーションにYouTubeは必須です。動画を頻繁にアップできるようにしましょう。

⑦ 楽譜浄書ソフト

  作曲・編曲する場合は、作品の頒布も視野に入れ、Finaleなどの楽譜浄書ソフトに親しんでおきましょう。

⑧ デザイン

  イラストレーターなどが使えると、フライヤーなども自分でスムースに作れます。

 

以上は、独立型ミュージシャンとして、演奏技術以外に必要な能力です。

僕はこれらの事が必要だと思ったので、基本的に全てについて、自力で戦える能力を身につけました。

ですが、この世の中には外注という便利なシステムがあります。

 

もし周りに有償・無償問わず協力してくれる人がいるなら、それも「持っている能力」としてカウントしても良いでしょう。

僕みたいに完全単独でなく、グループで取り組むのも良いアイデアだと思いますし、部分的に外注するか、事務所のようなところに頼るのも悪くはないと思います。

 

今から準備を!

さぁ、もうおわかりですね。

実力が伴わないから何もしない、なんてもったいない!

大事なのはスタートを切るかどうかです。

あなたがもしプロになりたいのであれば、今から準備をするべきなのです。

 

 

事務所に入らずに音楽で生計を立てるためにすべきこと(2)

前回:事務所に入らずに音楽で生計を立てるためにすべきこと(1)

 

さて、今回からは具体的に何をすれば良いのかを見ていきましょう。

 

まずは考える、想像する。

 

『どういう音楽をどこに届けたいのか』を可能な限り具体的に想像しましょう。

 

どんな人に?

いつ聴いて欲しいか?

聴いた後、どんな効果を感じてほしいか?

・・・・など

 

「うーん、とりあえずできるだけ多くの人に聴いてもらいたいなぁ。あとCDも色んな人に売れると良いなぁ・・・。」

こんな考え方をしていると危険信号です。

「休日の午後にOLが紅茶を飲みながら窓辺で聴く音楽」くらいの具体性は最低限持ちたいところです。

 

複数のターゲットを持つことは必ずしも悪いことではありません。

その場合は、それぞれの層について、具体的に想像すると良いでしょう。

 

リスナー(お客様)のモデル

具体的に想像すると、自分の音楽を届けるべき人のモデルが浮かび上がると思います。

繰り返しになりますが、「こんな人にも届けたいし、でもあんな人にも聴いてもらいたいなぁ、あ、でも・・・」なんて焦点が定まらないような事にならないようにしましょうね。

モデルのイメージはバシッと決めます。

モデルは既存ファンの一人でも良いでしょうし、新たなファン層を手に入れたいのであれば、違う雰囲気のモデルを想像します。

僕は曲を作るとき(もしくはリリースするとき)、プレミアムサポーターのうちの一人を想像していることが多いです。

「この曲、〇〇さん好きそうだなぁ。こんな感じにしたら喜んでくれるかなぁ。」とか。

もちろん、路線をあえて外す時もあります。

 

ブレないこと

上で説明したような想像。

コンサート、CDアルバム単位で考えるのも大事ですし、時には曲単位で決めるのも良いでしょう。

この「想像する」という作業は、本当に重要です。

具体的な想像を怠らないことによって、ブレのない音楽活動ができるのです。

 

この人に自分の音楽を届けたい!

この人にはきっと届くはずだ!

 

そんなふうに信じるものがあれば、音楽も一本芯が通ったものとなります。

 

 

>>事務所に入らずに音楽で生計を立てるためにすべきこと(3)

 

演奏と緊張と集中力について

演奏中に失敗した・・・。

なんて経験は誰にでもありますよね。

 

もちろん僕も失敗します。

その度に考えるんです。

失敗したのはなぜか、と。

冷静に考えると、その多くの場合は、集中力不足によるものなんです。

 

集中力が足りないということ

「今日の晩ごはんは何にしようかな」等、演奏以外の事を考えていた場合は、もちろん集中力が足りなかったということになりますね。

実は、人前で緊張して上手く弾けない、というのも集中力不足の一種です。(※一部の特殊な場合を除きます)

それから「失敗したらどうしよう」と不安に思っている場合も、集中力が足りないと言えます。

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とにかく、自分の頭を”今”の演奏だけに集中させなければなりません。

たとえ失敗しても、終わったことを考えるのではなく、今の演奏を最高の状態に仕上げることに専念しなければならないのです。

※参照記事「後ろは決して振り返ってはいけない。」

 

 

集中力を鍛える方法

・・・で、最近ある事に気づいたのです。

 

”練習で、集中力は養える ”

 

「何を今さら・・・」なんて声が聞こえてきそうです。

そのとおり、当たり前のことです。

 

ですが、もう少し具体的に考えてみましょう。

練習の時に集中していますか?

集中して練習したことが全くないという方はいないと思います。

では、具体的にどのように集中しているでしょうか。

30分集中して5分休憩するという人もいるでしょうし、3分で一気に弾きこむという方もいらっしゃるかもしれません。

色んな練習があって良いと思います。

 

集中力の持続時間から逆算する

ここで着目したいのは、大事なときに集中力をどれくらい持続させたいか、ということ。

それによって、普段の練習時間を決めれば良いのです。

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例えば、本番ステージの時間が15分用意されているとすれば、余裕を見て1回あたり20分以上の濃密な集中練習を積む必要があります。

本番が40分の場合は、集中して練習する時間を毎回1時間以上作らないといけません。

 

ですが、最初は集中力を長時間持続させるのが難しいかもしれません。

その場合は、一回の集中練習時間を10分、15分、20分・・・と回数を重ねる度に徐々に延ばしていくなどの工夫をすると良いでしょう。

ちょうどマラソンランナーがフルマラソンに向けて、10km、20kmと距離を延ばしていく事に似ています。

 

まとまった時間がとれない方へ

でも、そもそも練習にまとまった時間がとれない、という方もいるでしょう。

そういう方は、楽器を弾く事以外、例えば勉強や仕事、家事などで同じように集中する時間を作ればよいと思います。

勉強や仕事で養われた集中力は、楽器を弾くときにも使えます。

逆に、勉強や仕事をダラダラする癖がつくと、楽器を弾くときも集中力が欠ける傾向になるかもしれないので、気をつけましょう。

 

・・・というか、僕も気をつけなければ(笑)

事務所に入らずに音楽で生計を立てるためにすべきこと(1)

15年程前までは、音楽で生計を立てる、というと音楽事務所に入ることくらいしか道がないように思われました。

でも近頃は、事務所に入らずに個人でバンドを経営する方が増えてきていますね。

Question

でも、実際は、何から始めれば良いのかわからない、という方も多いと思います。

そんなバンドマンやクラシックの演奏家の方が、ご自身の音楽活動を考えるヒントになるよう、なるべくわかりやすく書かせていただきます。

 

まずは5つの〇〇を作ることから始めよう

事務所に入らないのであれば、事務所がするような仕事を自分ですれば良いのです。

といっても、何をすれば良いのかわからない、という方は多いと思います。

 

でも、大丈夫です。

実際に音楽でプロを目指している方の中でも、音楽で生計を立てることを具体的にイメージできていないというのは意外と珍しくありません。

 

まず、会社員経験がある方は、その会社(及び関連会社)の全体の仕組みをイメージしてみましょう。

経験がない方は、見聞きした会社像を想像しましょう。

 office

商品を売る会社の場合だと、まず商品を製造しますね。

これが製造(製作)部です。

 

そして、その商品を販売する人たちがいますね。

これが営業部です。

 

それから、もちろん、お金を管理する人たちがいます。

経理部ですね。

 

あと、忘れてはならないのが、新商品や広告・イベント、キャンペーン等の企画。

一般に人気のある企画部です。

 

最後に、会社の方針や重要な意思決定をする人たち。

役員会ですね。中長期の計画を立てたりします。

 

以上、細かいところを省くと、大体5つに分けられます。

 

さて、どの部門で何をするか、さっぱりわからないという方も、とりあえずフォルダを作りましょう!

(コンピュータを持っていない方は、ノートやファイルを用意しましょう!スマホだけでは先々厳しいですよ。)

わかりますね。作るフォルダは5つ

「制作部」「営業部」「経理部」「企画部」「中長期計画」です。

フォルダ

さて、これで職場が整いました。

 

次に具体的に〇〇する

まずは、部門ごとのフォルダを作ること。

ここまでは大丈夫ですか?

 

フォルダを作るということは、会社で言うと、各部門の部屋を設けて入り口に『企画部』などのプレートを掲げたことになります。

その中には、社員が5人程おり、奥の方で派手なネクタイをしたダテメガネの企画部長が「〇〇君、例の件はどうなってるの?」などと言っています。

 

一方で、向かい側の経理部のほうでは、アームカバー(古い?)をした社員さんたちが電卓を叩く音が響いています。

経理部長は、細身少々クセ毛近眼メガネですね。

 

余計な想像だと思いますか?

僕はこの具体的な想像こそが大事だと思っています。

 

後に説明しますが、部門毎に全く違うキャラクターを設定したほうが得策です。

そのため、あえて強烈なコントラストを設定しておくのです。

キャラクターの違う人物を用意して、脳内で会議させれば、色んな視点から分析したり、発案したりできます。

『一人で考えて堂々巡り』ではなく、効率の良い煮詰め方ができます。

 

フォルダを作って、空間と人物を想像すること

 

ここまでを1文でまとめると、以下のようになります。

 

“部門ごとにフォルダを作って、空間と人物を想像すること。”

 

シンプルですよね。

まずは、2時間くらい想像してみましょう。ここ大事ですからね。

次回は、具体的な仕事内容について、踏み込んでいきます。

 

>>事務所に入らずに音楽で生計を立てるためにすべきこと(2)

無料のものと有料のもの

今や、僕達の生活は無料のサービスで溢れています。

例えば、ネット周りのツール。

個人的には、Googleさんの無料サービスには大変お世話になっています。

大容量のGmail、大量の写真をクラウドに保存できるGoogle Photo、手軽に文書を共有できたりアンケートを実施したりできるGoogle Docs・・・、それからGoogleマップやGoogle Play Musicも便利ですよね。

スマホはアンドロイドなので、Google Playに登録されている無料アプリも日々活用させてもらっています。

 

もちろん、お世話になっているのはGoogleさんだけじゃないです。

DropBoxやCopyなどのクラウドサービス無料プラン、ネット通販にはBASEを無料で利用させてもらってます。

音源配信には、フリクルを基本的には無料で利用させてもらっています。

どれも今の僕の生活には欠かせないものとなっています。

 

それで、ときどき思うんです。

なんて便利な世の中なんだー』って。

10年前では夢のようなサービスが、今では無料で提供されていますからね。

20代後半以上の人間にとっては、バラ色の世の中です。

 

でも、それ以下の今の10代や20代前半くらいの方を見ていると、ちょっと感覚が違うのかなぁ、と思う時があります。

これら無料のサービスを『当たり前』だと思っている方が多い気がするんです。

僕なんかは、便利な無料サービスが新しく出てくると、まず「なんでこれが無料で使えるんだろう」「本当に無料でいいの?」という疑問が浮かびます。

便利なものには価値がありますし、開発には相当の労力知的・物的リソースが投入されているはずです。

要するにお金がかかっているものなのに、なんで無料で提供されているかっていうことです。

その理由の大体は、以下に当てはまります。

 

無料サービスが無料で提供されている理由

①広告料や広告システムによる収入でまかなっている(スマホアプリ、Skype、YouTubeなど)
②オプションで用意されている有料コンテンツでまかなっている(lineのゲームなど)
③企業やサービスの知名度を上げたいから無料でやっている(Baseなど)
④サービスに寄せられた寄付金で運営している(Wikipeda?など)
⑤完全なボランティアでやっている
(⑥無料サービスで得た個人情報などを売って収益を得ている)

最後のはちょっと憶測も入っていますが、まぁこういう仕組みもあってもおかしくないですよね。

僕は無料サービスがすごく好きなんです。

本当に好きです。

いや、もちろん、無料でお得だからっていうのが最大の理由なんですけどね・・・、

ちょっと変かもしれないですが、『無料でやっていけてる仕組み』を知るのが結構楽しいんです。

 

あぁ、なるほど、この有料オプションを申し込む人がいるから、無料サービスが運営できてるのかぁ、とか。

そうするとですね、なんとなく、安心して無料サービスを利用できるんです。

『無料で提供しててどうやって運営してるんだろう』って不安に思いながらサービスを利用していると、結構ストレスを感じるときがあります。

じゃあ、どういうものは無料で良くて、どういうものは有料でないといけないのか。

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僕の場合、以下に当てはまる場合、有料サービスを利用しています。

なるべく無料のサービスを避けたほうが良い場合

①セキュリティやサポート、機能を万全にしたい場合(公式サイトのサーバーなど)
②自分を豊かにするコンテンツの場合(気に入ったCD、本、楽譜など)
③サービス自体に相当に大きな興味を持った場合、寄付したい場合(フリクルのpro会員になっている理由はこれです)

ここで、特殊なのは②だと思います。

全ての人に当てはまるものじゃないとは思うので、飽くまで僕の場合ですが・・・、

結局、無料のものは、無料のものでしかない事が多いんです。

自分の意思と自分のお金で買ったもののほうが、よく身に付くし、記憶にも留まるんです。

対象に向かっていく積極性とか、そういうのが関係してると思うんですが・・・。

あるいは、チャレンジしようと思っているものに対する覚悟の強さとか。

まぁでも、みんな多かれ少なかれ、経験則として、もしくは本能的に「ここはちゃんとしたものを買っておこう」とか「これは無料のやつはやめとこう」なんて感じの判断をしているのかな。

なぜ無料なのか?

当たり前のように無料サービスに接する機会が多い世の中です。

なぜこのサービスが無料なのか?

そういう視点を持って生活してると、社会に違う側面が見えてくる気がします。

 

本当に必要としているものには、間接的であれ、直接的であれ、お金を払ったほうが良いというお話でした。

無料サービスを使うのであれば、無料でやっていけるシステムを理解した上で、というのが理想的ですね。

不自然に無料のものには裏があることも多いですし、気をつけましょう。

 

P.S.
そういえば、ライブ後なんかに、屈託の無い笑顔で「これにサインしてください!」って僕の曲の楽譜コピー(自分で買ってないやつ)を出してくる学生がたまにいます。
ライブ観に来てくれてありがとう!社会に出たら楽譜買ってね!

次元を超える演奏。

今回は、表現力の違い表現の幅の広さという演奏家の永遠のテーマについて、次元という考え方で整理してみました。

表現力を次元数で考えてみる(第一次元)

どんな天才でも、最初は単純な表現を習得することから始まるはずです。

一番単純な表現として、音の強弱があります。

まずは、初心者が音の強弱という表現を手に入れたとします。

最初は、pfという2つの表現しかできませんが、修練によりppからffまで、より多くの選択肢を持つようになります。

音の強弱という一つの次元の上で、多くの表現ができるようになるのです。

ここでは、pp/p/mp/mf/f/ffという6種類の表現ができるようになった、とします。

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複数の次元を手に入れる

次に、もう一つ、次元を手に入れましょう。

例えば、絃楽器は弦を弾く(擦る)位置によって音色が変わります。

単純化しても、硬い/普通/柔かいという3種類の表現が加わります。

第一次元(音の強弱)で得られた6種類と組み合わせると、18種類の表現が可能となります。

次元を一つ増やすだけで、表現の幅は倍以上になるのです。

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表現の次元を超える

3つ目の次元を手に入れると、さらに倍以上の選択肢が得られます。

例えば、アポヤンド/アルアイレの技術を手に入れたら、表現の選択肢は36種類以上になります。

そして、4つめ以降の次元を得ることができれば、選択肢は無限に拡大します。

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さぁ、まずは新しい次元を探す旅に出ましょう。

新次元を見つけることができたら、次はそれを自分のモノにするまで、研究する段階です。

あなたにとって、4つ目の次元は何でしょうか?

5つ目は? 

 

旅は永遠です。

 

・・・だから面白い。

 

※ここでは『単発の音における表現』について、簡略化して言及しています。楽曲の流れの中での表現については、別の考え方が必要です。

人前に出るということ。

人前に出るの、もともと好きなんでしょう?

たまに「人前に出るの、もともと好きなんでしょう?」と言われることがありますが、僕の場合は違います。

実際には、結構多いんじゃないでしょうか。

人前に出るのが苦手なはずなのに、そういう仕事をしている人。

与えられた仕事

僕は、世の中の仕事というのは原則、「自分で選んだ職業」で、かつ「与えられた仕事」であるべきだと思っています。

僕の場合は幸い、今の職業も、前の職業(公務員)も自分で選び、いつも与えられた仕事だと思っています。

自分で選んだという自覚があるから、責任を持ってやる。

与えられた仕事だから、期待に応えたい、という気持ちが芽生える。

そういうものだと思っています。

 

で、話は戻って、そういう意味では、ちょっと乱暴な言い方かもしれませんが、得意か不得意かなんてどうでも良いんです。

自分の意思で選んだ職業の中で、与えられた役割を果たすのみです。

(たまに、きちんとした役割が与えられないこともあると思いますが、その場合は、対策が必要かと思います)

得意だから選んだ、という人は稀なんじゃないでしょうか。

そう、僕の脳内はたまにカオス状態になり、内部闘争が勃発しそうな時もありますが、話し合いによって最善の道を探ります。

会社などの組織と同じです。

脳内会議では、3つ以上の役割をしっかりと設定するのが良いと思っています。

現実社会と同じで、1対1だとたびたび喧嘩になります。

 

だいぶそれましたが、少なくとも僕は「人前に出る」ということが元々得意ではない、という話でした。

(今でも得意とは言い難いですが・・・)

「得意なものを職業にしている」と考えるよりも「プロだから得意である」と考える方が自然だし、

職業は自分で選べたとしても、仕事は「与えられるもの」であることの方が多いんじゃないか。

僕はそう思います。

 

 

 

夢を実現するたった一つの方法(4)

よほどの確信を持っていても、未来は正確に予測することはできません。

 

100%なんていうことは、この世の中には存在しません。

逆に考えると、0%も存在しない、ということになります。

 

 

・・・いや、本当にそうなのでしょうか。

 

 

目の前にとても大きな壁が立ちはだかっている、としましょう。

その壁をよじのぼるか、壊すかして、その先に進まないといけない。

 

 

もし、ここで、あきらめたのなら・・・・。

 

その壁を乗り越えられる可能性はゼロです。

 

 

挑戦することがなければ、可能性はゼロ。

なんということでしょう。

そんな事があってはいけない。

挑戦するという意思を失った瞬間、壁は “絶対的なもの” となってしまうのです。

 

 

夢の実現の道のりには、いくつもの大きな壁があります。

そして、その壁への挑戦は、意思さえあれば何度でもできます

登り方を変えたり、道具を工夫したりして、何度でも挑むことができます。

 

 

夢を実現してきた人達は皆、そうやって来ました。

人には見えないところで、何度も何度も同じ壁にぶつかり、最終的にそれを乗り越える。

 

 

 

僕も今、大きな壁の前にいます。

自分の能力を総動員して、挑もうとしています。

きっと、今年も色んな失敗を繰り返す事になると思います。

でも諦めません。

 

 

僕には夢がある。

それを実現しなければいけない。

そのために、具体的な目標を一つずつ達成していく。

 

情熱的に。

冷静に。

 

 

それはそれ、これはこれ。

 

公私混同。

 

ある仕事をする人が、本来関係のないプライベートな事情を仕事に持ち込んでしまう。

それが、この言葉の一般的な概念です。

でも、最近、違うシチュエーションでこの言葉を思い浮かべることが多くなりました。

 

それは、どういう時か・・・。

 

他人を評価するときです。

 

例えば、政治家や公務員が不祥事をおこしたことが、度々ニュースに取り上げられます。

職務に関係する内容ならわかります。

でも、たまに、全くプライベートな事、もしくは非常にとるに足らない事を『不祥事』としてでっちあげられることがあります。

ものによってはモラルの問題もありますし、犯罪になるようなことは当然あってはならないことですが、基本的には『それはそれ、これはこれ』だと思います。

そしてもちろん、大事なのは仕事の内容です。

 

実際には素晴らしい仕事をしているにもかかわらず、「あの人は気に食わないから」「趣味が気に入らないから」など個人的な感情や偏見のために正当な評価ができないとすれば、それは一種の『公私混同』ではないでしょうか。

 

例えば、僕は音楽をやっていますので、ミュージシャンの知り合いも多いです。

中には、ミュージシャンとして知り合いであるばかりか、友人であったり兄貴のような存在であったり、人間として尊敬する対象であったりする人もいます。

でも、僕は、ミュージシャンとしての見方と、友人・兄貴分・先輩としての見方・・・、

それぞれ(公私)を分けて見るように意識しています。

 

『それはそれ、これはこれ』です。

 

一曲の作品、 一枚のCD、ある日のコンサート・・・。

そこには他のバックグラウンドは必要ありません。

そこに、どれだけ良い音楽が詰まっているかどうか。

・・・それが本質です。

 

 

ブランドの意味と価値

 

ブランド!!

 

ブランドと聞いて思い浮かべるものは何でしょうか?

半数くらいの人は、ファッションブランドを連想するのではないでしょうか。

僕の出身の和歌山県には、現在百貨店が一つしかありませんが、その百貨店にもルイヴィトンなどのブランドが入っています。

でも、ブランドはもちろん、ファッション文化の枠にとどまるものではありません。

嗜好品から必需品にいたるまで、どの商品の業界にもブランドが仁王立ちしています。

もちろん、音楽においてもブランドは存在すると思います。

新人アーティストが大御所作曲家の作品でデビューしたとすれば、その新人はブランドを身にまとったことになるでしょう。

コンクール等の受賞歴も、一種のブランドと言えます。

 

ブランドの起源

そもそもブランドとは、もともとはどういう意味だったでしょうか?

ブランドとは「焼印をつけること」を意味する brander というノルウェーの古ノルド語から派生したものであるといわれている。古くから放牧している家畜に自らの所有物であることを示すために自製の焼印を押した。現在でも brand という言葉には、商品や家畜に押す「焼印」という意味がある。これから派生して「識別するためのしるし」という意味を持つようになった。 出典:wikipedia

つまり、『他と区別するための印』ということです。

元々はそれだけの意味しかなかったということです。

それが、今では様々な定義・意味が生まれています。

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画像引用元

 

 

人はなぜブランドを求めるのでしょう。

高級ブランドの服を着飾ったり、信頼できるブランドのコンピュータを買ったり、長年愛着を持っているブランドの新製品を買ったり・・・。

ブランドが求められる理由は、ほんとに様々ですよね。

 

そこで今回は、ブランド品を求める人の心理を想像し、いつものように整理してみました。

なぜブランドを求めるのか。ブランドに何を求めているのか。

それは、大きく以下の3つに分類されるのではないでしょうか。

 

ブランドが求められる理由

① 質(クオリティ)の保証

顧客に満足してもらうため、良いブランドは可能なかぎり品質をあげる努力をします。

『格安の無銘商品を買ったものの、使ってみると質が良くなかった(※)』という経験は誰しも持っているでしょう。

良いブランドは、そういった選択失敗のリスクから守ってくれる確率が高いのです。

また、自分では品質の判断ができない商品を購入する場合も、ブランドによる品質保証は頼りになることがあります。

『車のことは全然わからないけど、日産ならまず間違いはないだろう』というふうに判断すること、ありますよね。

(※もちろん、無銘であっても質の高い商品は存在しますし、それを発掘する楽しさもあります。)

 

② 愛着心

ブランドに対し、ある種の愛情を抱くこともあります。

個々の商品もさることながら、そのブランド自体の歴史やコンセプト、センスに魅せられることもあるでしょう。

例えば『Appleが新製品を出すと、とにかく買ってみたくなる』という人も少なくないですよね。

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③ 対外的な作用の期待

ブランド物は、それを利用する自分だけではなく、第三者に対する影響力を持つことがあります。

個人的にはあまり好きな考え方ではないですが、例えば高級ブランドを身にまとえば経済力をアピールできるでしょう。

それ以外にも、身につけるものにその人の趣味が表れます

NIRVANAのTシャツを着れば、オルタナティブロックが好きだということがアピールできます。

iPhoneとiPad、Macbook Airを持っている人がいたら「あ、この人Appleが好きなんだな」と思って間違いないでしょう。

ブランドは自分を満足させるだけでなく、「他者から見て自分がどう見えているか」という事にも影響を与えるのです。

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音楽におけるブランド

元々は『他と区別するための印』という意味しか持たなかった “ブランド”。

その後、一つのブランドが他に比べて質の良いものを提供し続けた結果、ブランドに品質保証という意味が付加されたのだと思います。

それが、現代における ”ブランド” の定義の基礎ではないでしょうか。

 

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最後に無理矢理、音楽の話に戻します。

冒頭にも書いたとおり、音楽の世界にもブランドは存在します。

ストラディヴァリを持っているとすれば、それは一つのブランド効果を生むでしょうし、コンクール入賞歴も技術を裏付ける一種のブランドです。

僕も、一人のミュージシャンとして、いくつかのブランドを持っています。

でも、いくら良い楽器を持っていたとしても、入賞歴があったとしても、それがなんだというのでしょう。

最終的にどれだけ良い音楽をリスナーさんやオーディエンスに届ける事ができるか。

それがミュージシャンの価値を計るたった一つの基準です。

客観的にみると、僕自身も一つのブランドと捉えることができるわけです。

もっとも、良いブランドかそうでないかは皆様が判断することですが・・・。

長年愛され続けるブランドのように、常に革新的でクオリティの高い音楽を発信し続け、ファンの方々に愛着心を持ち続けてもらえるような活動をしていきたいと思っています。

 

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『調子がわるい』と言ってはいけない理由

「すみません、今日は調子が悪いんです。」

何かを始める前に、こう言ってしまった経験はありませんでしょうか。

 

僕も過去に何回もあります。

また、それ以上に他人からそういう発言を聞いてきました。

 

勉強時間のマジック

物心がついてから、始めて同様の発言を聞いたのは、中学生の頃でしょうか。

同級生のS君がテスト前に言うんです。

『今日の世界史の勉強、30分しかしてないから絶対赤点だろうなー』

僕は、前日に3時間勉強しましたが、準備は全く不十分だと思っていました。

でも彼はその6分の1しか勉強していません。

 school-students-testing

そして、気になるテストの結果は以下のとおりでした。

僕の点数:60点

S君の点数:85点

 

どこが赤点なんでしょうか・・・。

事前の発言とは裏腹に、実際にはS君は普段よりも良い成績を取ったのです。

僕はすごく驚きました。

なにせ、僕のS君に期待する点数は60点以下だったわけですから。

ひょっとすると、「絶対赤点」発言を聞いていなかったら、それほど驚かなかったかもしれません。

 

S君は、本当に30分しか勉強していなくて、偶然良い点数がとれたのでしょうか。

それとも、実は30分と言いながら、本当は6時間くらい勉強していたのでしょうか。

本気で「絶対赤点だろう」と思っていたのでしょうか。

 

おそらく彼は、周囲からの期待値ばかりでなく、自分自身に対する自らの期待値を下げておきたかったのでしょう。

そうすることで、心理的に楽な状態でテストに取り組めると思ったのでしょう。

だとすると、彼の作戦は大成功です。

 

おそらく自分も満足の点数だったでしょうし、僕を驚かせる事にも成功したわけです。

 

してやられた。よし、僕も次からこの作戦でいこう。

当時は正直、彼の作戦は万能のように思っていました。

 

でも・・・、

大人になった今、この作戦が功を奏する場面は、極めて少ないことを実感しています。

 

演奏前の「今日は調子がわるい」発言

「今日は調子わるいんだよねー」「ほとんど練習していません」と言いながらパフォーマンスを始める場面をよく見かけます。

この発言の目的は、先ほどのS君の場合と同じだと思います。

 

【  調子わるい発言の目的  】

①自分のパフォーマンスに対する周囲の期待値を、あらかじめ下げておきたい

期待値を下げておく事で、実際のパフォーマンスが期待値を上回る確率が高まります。

②良いパフォーマンスが出来なかった時のために、弁解要素を確保しておきたい

期待値を下回った場合、「今日はたまたま調子がわるかったんだな」と思ってもらえるかもしれません。

 

これにより、気持ちを楽にして演奏ができるかもしれません。

でも、それはあくまで自分にとってのメリットです。

 

この作戦をとった場合、目の前のお客さん(または共演者)にメリットは、あるのでしょうか。

 

『調子がわるい』発言をしないほうが良い理由

結果からいうと、『調子がわるい』発言はしないほうが良いと思います。

答えは単純、お客さんにとって良い事がひとつもないからです。

 

『うちのコーヒーは一杯300円です。ちょっと今機械の調子がわるくて味は落ちるかもしれませんが、どうぞお楽しみください。』

メニューにこんな事が書かれていると、 美味しく飲めたかもしれないコーヒーもおいしくなくなりますよね。

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調子がわるいかどうかなんてどうでもよい

はっきり言って、パフォーマーの調子がわるいかどうかなんて、お客さんには関係のない話です。

お客さんは、お客さんにとっての良い音楽をもとめてきてくれているのです。

期待値を下げるような発言をされると、その時点で、がっかりしてしまうかもしれません。

 

良かったかどうかはお客さんが決めること

現場で一番大事なのは、お客さんの満足度です。

下の表をご覧下さい。

パフォーマーの振る舞いと演奏の客観的な出来が、お客さんの満足度に与える影響を表にしてみました。

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(※)基本的には満足だが、「調子の良い時に聞きたかった」という若干の不満が残る可能性がある。
また、『調子がわるい』発言のせいで、ひょっとして今日の演奏は良いものでは無かったのだろうか、という疑念を持つ可能性がある。

 

あらかじめ、「今日の演奏はよくないかもしれない」というイメージを持たれるような発言をすると、良い演奏ができたとしても満足していただけない可能性が残ります。

良かったかどうかはお客さんが判断するものです。

お客さんからの立場にたつと、パフォーマーの『調子がわるい』発言にメリットがないことがわかると思います。

 

また、パフォーマー側からみても、「今日は調子がわるい」という、本分には関係のない言い訳を提示してしまうことで、演奏に妥協が表れたり、集中力が欠けたりする可能性も高くなります。

 

中学生のテスト前論争は実際の社会で通用しない

『調子がわるい』と言ってはいけない理由、ご理解いただけましたでしょうか。

中学生のテストのように、自分のパフォーマンスの出来が、他人の便益に影響がない場合は、万能だったS君の作戦。

実際の社会では、使いどころがほとんど無いのです。

 

自分のコンディションがよくないことを相手に伝えたくなることはよくあります。

しかし、それを伝える事による相手の心境の変化を考えてみると、言わない方がよい場面のほうが多いのではないでしょうか。

目の前におかれた状況に対して、全力で立ち向かうのみです。

 

 

後ろは決して振り返ってはいけない。

失敗しない事が最善の道です。

だから失敗しないために事前の準備をしっかりする事が大切です。

でも、現実は失敗しない人なんていません。

 

失敗は成功の母。

自分の行動を振り返って失敗の原因を追求する。

成功をつかみ取るためには、誰しもが通らなければならない道です。

 

成長を志す人にとって、反省・過去の分析は当たり前の事です。

でも、仮に『それを決して実践してはいけない場面がある』なんて言い出したらどう思いますか?

 

後ろを振り返ってはいけない。

先日、以下のお悩みを読者の方から頂きました。

 

「ちょっとでも間違ったら、そこが気になって演奏を止めてしまうんです。合奏だけでなくソロの時にもそうなってしまいます。」

 

非常によくわかります。

納得がいかないところは、弾き直したいですよね。

 

でも、この「納得がいかない」という状況が続くということ・・・。

それはつまり「目の前の音符を弾く事に集中できていない」という事なのです。

 

本当であれば、集中力の切れた状況で弾き続けるのはリスクが大きいので、すぐにでも弾くのをやめたいところです。

あるいは、同じようなフレーズが複数出てくる曲の場合は、「さっきはなぜ失敗したのか」と振り返ることで、次の成功率をあげることができるかもしれません。

でも、これは他の人がカバーしてくれる、合奏の場合です。

 

一方、ソロの場合は、この手は使えません。

どんな状況でも、例え納得のいかない部分があろうが、停電しようが、弾き続けなければなりません。

 

「後ろ」を振り返ってはいけないのです。

時間は逆にはもどりません。

 

目の前で聴いてくれている人は「次の音」を待っています。

ソロの演奏者はその「次の音」で最高のパフォーマンスをすることが求められています。

頭の半分で後ろを振り返っていては、次の瞬間に良い演奏をすることは難しいです。

 

意識を切り替える

過去を分析することと、後悔、くよくよすることは全く違います。

失敗後の意識の切り替えの重要性は、音楽以外の分野にも共通することです。

 

例えば、多くのスポーツは強い精神力が求められます。

野球の投手も、メンタル面が成績に大きく影響を与えますね。

 

ピッチャーが、ホームランを打たれたとします。

でも、次のバッターは、先ほどホームランを打ったバッターとは違う人物です。

次のバッターが打席に立ったからには、前のホームランの事を考えてもあまり意味がありません。

ピンチを広げないために、ピッチャーは意識を切り替えなければなりません。

メンタルスイッチといわれるものです。

 

スイッチというより、リセットといったほうが良いでしょうか。

高ぶった精神を落ち着かせ、集中力を発揮できる状態をつくるのです。

 

大事なのは目の前の事に集中する、ということです。

演奏の話に戻ります。

僕の場合、自分の演奏で納得のいかない部分があったとしても、次の方法で意識を切り替えます。

 

まずはお客さんの立場で考えます。

『お客さんは熱心に次の音を期待してくれている。そんな状況で後ろなんて振り返っていられない。』

また、現実主義型ポジティブ人間の僕はこう考えます。

『失敗したという事よりも、次のフレーズに集中できないことのほうがリスクが大きい。だから今は振り返らない。』

大体の場面では、この二つの思考によって、振り返りを回避できます。

もちろん、演奏が完全に終了したら、たっぷり振り返ってより良い演奏をめざします。

 

自分自身、いつもいつも100%実践できているわけがないですが、忘備録のためにも記事にしました。

参考にしていただければ幸いです。

 

 

『演奏する意味とは何か』を考える。

先日、読者の方からこんなお便りを頂きました。

 

Q .

こんにちは。私は今度、クラブの発表会で独奏をすることになりました。

その演奏会は一日かけて行い、私が演奏するのはその長い時間の本当に数分です。

部員の中には楽しみにしてくれている人もいますが、そうじゃない人もいるかもしれません。

聞きたくない人に無理矢理、演奏を聞かせるのは不本意に思います。

でも、「演奏を聞きたくないなら聞かなければいい」という風に考えるのも違う気がします。

 

そもそも演奏をする意義は何なのでしょうか。

 

単に「自分を表現する」というのはあまりに一方的過ぎる気がします。

Kzoさんの考えをお聞かせください。

よろしくお願いいたします。

 

(質問者様の了承を得た上で掲載させていただいています。)

 

何のために演奏するのか

誰のために演奏するのか。

自分のためなのか、人のためなのか。

本当に自分の演奏は、必要とされているのか。

 

このような悩みや疑問を、漠然と抱えている人は多いと思います。

僕自身も、学生の頃から考えていました。

 

しかし、本当の意味で考え出したのは最近かもしれません。

10年後は違う考えになっているかもしれませんが、今の考えを質問者Aさんに回答させていただきました。

以下、回答の抜粋です。

※ここでの意見はあくまで個人的なものです。他の考え方を排除するものではありません。

 

自分自身と向き合った経験・結果が音楽のスパイスになる

A .

演奏をする意義は何か・・・。

これはとても深い問題ですね。

 

『聴きたい人もいるし、聞きたくない人もいるかもしれない。』


この事について本気で僕が考え出したのは、恥ずかしながら最近です。

ニューヨークにいるときです。



地下鉄構内で演奏してると、前のケーキ屋のお兄さんがやってきて僕にこういったんです。

「その曲は、僕の友人の葬式で演奏された曲なんだ。すまないが今は弾かないでもらえないだろうか。」

この出来事は衝撃でした。



音楽が人を喜ばせることはあっても、人を傷つける事はないだろう、と思っていたからです。

自分の想像力の無さを痛感しました。

この時の話をするとよく次の事を言われます。

「想像力があったとしても、そんなことは避けられないじゃないか。考えすぎだよ。」

 

でも、問題はそこ(結果)じゃない。

音楽を演奏する人として、音楽の源である自分の心の問題なのです。



音楽は人の内側が自然に滲み出ます。

音楽を奏でる人は、自分と向き合った分だけ、人を動かすと思っています。

 

自分の演奏は、飽くまで、今まで自己と向き合った結果です。

自己表現欲のみで表面をつくろっただけの音楽は、やはり薄くもろいものになります。

一方、単純に良い音楽をつくるため、内側で熟成させた場合は、技術以上に人の心を打ちます。

 

聞きたくない人もいるかもしれませんが、聴きたい人もきっといます。

聴きたい人がいるのであれば、その人達に自分の内側を見ていただく。

そこに力を集中して注ぐべきだと思います。





ここで、ちょっと陳腐な分析に戻りますが、この状況は「おつきあいのカラオケ」に似ているかもしれませんね。

自分が歌うのはいいが、人の演奏はあまり聞きたくない。

でも人の演奏を聞かないと、自分の歌も聞いてくれない。

だから聞く。

(※全てのカラオケがこれに当てはまるわけではありません。)



でも決定的に違う点があります。



おつきあいのカラオケは、ネガティブに捉えたとすれば、ストレスの発散の場です。

しかし、部内発表会はどうでしょう?

人前でソロで演奏する、という機会を設けることで、未来のコンサートマスターや能力の高い奏者を育てる、という立派な意義があります。

将来のためにも、そんな大切な機会は守らねばなりません。

Aさんが演奏するのには、そういう意義もあると考えてください。

 

聴きたい人が一人でもいるのなら、その人のために心をこめて演奏しましょう。

聴きたいと思ってくれている人に対する礼儀です。

 

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あの松本も唸るバカリズム流プロ意識とは?

バカリズムは、マセキ芸能社所属の升野 英知による日本のお笑いユニット、ピン芸人、ナレーター、俳優、脚本家、作詞家である。(wikipediaより)

「トツギーノ」に代表されるように、フリップ等を巧みにつかった奇抜で多彩なネタで有名なバカリズムさん。

そのバカリズムさんがテレビで語った「ある内容」のなかに、凄まじいプロ意識を感じたので紹介したいと思います。

 

『人志松本のゆるせない話』という番組での事ですが、バカリズム升野さんが『許せない事』として次のようなことを語っています。

 

「僕なんかの知名度くらいだと、出逢う人のなかでやっぱり僕の事を知らない人もいるんですよ。

その人に『でも俺テレビ観ないんだよねー』なんて言われると本当腹が立つんですよ。」

 

テレビを観ない人であれば、有名人の事を知らないのも仕方がないです。

ただ単に有名になりたいというだけの人であれば、「あ、テレビを観ないのであれば、自分の事を知らないのも無理はないか」という事で問題は解決するでしょう。

しかし、バカリズムさんは違います。

そもそも升野さんは、自分を認識してくれていないことではなく、自分の前で「テレビを観ない」という発言をされることを嫌っているようです。

続けてこう言います。

 

「僕の事を知らない人がいたら、『この人にもテレビを通して知ってもらえるくらい成功して有名になってやる』って思うんですよ。

でもそこで『テレビ観ないから』と言われたらどうしようもないじゃないですか。

僕の事を知らないのはいいけど、(自分の舞台である)テレビの事は否定しないでほしい。

 

目の前の人が自分の事を知ってくれるまで、自分はテレビの中で頑張りたい。そう思っている自分からチャンスを奪わないで欲しい。

 

『テレビを観ない』と言った人は、フォローのつもりで言ったのかもしれません。

『君の事を知らないのは、自分がテレビを観ないせいだから、君のせいじゃないんだよ』というつもりで言ったのかもしれません。

でも、そのフォローは、向上心に燃える升野さんには無意味だったようです。

 

自分の職業に対して、ここまで強靭で貪欲な志を持っている人は、他にいるでしょうか?

常に向上心を強く持つバカリズム升野さん。

そのプロ意識は、半端なものではありません。

 

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