存在しない楽器を作った理由

存在しない楽器を作った理由

僕はこれまで、natu-reverb、Cantareel、Sitar Expressなど、楽器(主にギター)に取り付けるアタッチメントを考案し、世に送り出しました。

ギターに取り付ければ、それまでと全く異なる音、全く異なる演奏体験になる。

そんなアタッチメントを作り続けてきたわけですが、実は「楽器そのもの」を作ったことは一度もありませんでした。

なぜ楽器自体を作らなかったのか?

その理由は、楽器製作を「聖域」のように感じていた、というのが正直なところです。

楽器製作は職人が一生をかけて習得する高度な技術であり、素人の自分がやることではないだろうという感覚が、どこかにありました。

しかし同時に、音楽と楽器を愛する者として、そして楽器体験のアップデートを目指す者として、楽器の構造や音が発生する原理をもっと深く理解しなければならないという思いも強くなっていました。

そうして、楽器自体の物理的構造や原理原則を「製作体験」を通じて理解したいと思うようになりました。

アタッチメントという「楽器の外側の世界」だけでなく、「楽器の内側」に踏み込むべき時が来た、というわけです。

そんな経緯で、オリジナルの楽器を作ることを決めました。


チャレンジテーマの設定

やるからには、自分らしさのある、面白いテーマで取り組みたいと思いました。

しばらく考えた結果、頭に浮かんだコンセプトがこれです。

「中世のルシアー(楽器製作家)に生まれ変わったら、どんな楽器を作りたいか?」

つまり、ピアノやギターなどの近代楽器が存在しない時代で、楽器を一歩先へ進めるとしたらどんなものになるか?

時空を超えた思考実験のような要素もありますね。

ただ、これは「縛り」のように聞こえますが、実は逆に「チート」の部分も含みます。

なぜなら、今の僕には、現代の技術の知識もあるし、わからないことがあれば何でもインターネットで調べられるし、極めつけは3Dプリンターという裏技も持っています。

ちゃんとアコースティック楽器として成立させたいので、基本的にはノコギリやカンナなどを片手に昔ながらの木工技術に取り組みます。

でも、このゲームをプレイする僕は「現代のチート技」を持ち込めるわけです。

そう考えると、よくある異世界転生の主人公の設定に近いものがあります。

目的は飽くまで、楽器の本質的な構造、つまり弦の張力、共鳴、音域の設計といった基礎的な原理に向き合うこと。

自分の中で楽器に対する理解と可能性を一歩先に進めることがゴールなので、現代のチート技は問題ありません。


この3ヶ月で作った楽器

このテーマ(転生設定)のもと、この3ヶ月で3つの楽器を完成させました。

[ Santur(サントゥール)]

ペルシャ起源の打弦楽器。台形のボディに72本の金属弦を張り、ハンマーで叩いて音を出します。

ピアノの遠い祖先とも言われる楽器です。

今回の作品はペルシャのサントゥールをベースにしつつ、半音シフトパーツを追加しました。

ハンマーはペルシャ式ではなく、ハンマーダルシマーのものを参考に自作しました。

ハンマーは両面で演奏可能ですが、片面のみにフェルトを貼っているので、裏返せば異なる音色を使い分けることができます。

フェルト面で叩いたときなんかは、弱音ペダルを踏んだ時のピアノの音とそっくりです。

弦が尋常じゃなく多いので、製作時に穴をあける苦行が続きましたが、気合で完成までこぎつけました。

 

[ Chromatic Psaltery(クロマチックプサルタリー)]

中世ヨーロッパのプサルタリーをベースに、ボディ容積を拡張し、半音階対応のギミックを加えた楽器です。

ナイロンとフロロカーボンの弦を採用し、温かみのある音色が特徴です。

29弦、サントゥールよりかは少ないとは言え、それでも弦が多いですね。

右上のハイオクターブ音域を含めると、5オクターブという抜群の音域を誇ります。

グリッサンドをするとまるでハープの音。

弦を撫でるだけで優雅な気分になりますし、優しい音に癒されます。

 

[ Viellyre(ヴィエリア)]

中世の架空の擦弦楽器。完全オリジナル設計の楽器です。

20世紀初期にドイツで生まれたBowed Psalteryの発想を参考にしつつ、構造とデザインを根本から再設計しました。

造語であるViellyreという名称は、Vielle(中世の弓奏楽器)とLyre(竪琴)を組み合わせたものです。

前の二つに比べると弦が少ないため、音域が1オクターブ半と狭いです。

これは構造上仕方のないことですが、もう少し音域が広いといいなと思い、レバー操作するとオクターブシフトするギミックを加えました。

V字状に配置されたバーが回転し、ナチュラルハーモニクスが発動する仕組みです。

このギミックのおかげで2オクターブ半、あまり不自由ない音域の広さになりました。

 

 

さて、動画で紹介したのはこの3台ですが、実はもう1台、幻の楽器があります。

2台目としてチャレンジしたこの大型プサルタリーは、完成直後に派手に壊れました。

鍵盤感覚で弾ける大型のクロマチックプサルタリーを目指していましたが、完成直後に張力に耐えきれず大破。

想定外でしたが、この結果から得た発見と知識は、その後の楽器製作に反映されています。

それと実は、綺麗に成功したように見えるSanturとViellyreも、完成間近の段階で「ほぼ最初からの作り直し」が発生しました。

でも、このゲームにおいて、破壊や作り直しは失敗などではありません。

むしろ「なるほど!これは盲点だった!」と「新しい変数」を発見するチャンスなのです。

エラーこそが学びと好奇心の栄養。


今回のチャレンジの正体

今回取り組んだことを整理すると、実は性質の異なる3つのチャレンジが並走していたことがわかります。

  • A. 新しい楽器を考案し、設計すること
  • B. その楽器を実際に製作すること
  • C. 存在しない楽器の、存在しない奏法を習得すること

それぞれが独立した別のチャレンジです。

Aは設計と発想の問題、Bは素材・加工・構造の問題、Cは身体的な習得の問題です。

よく考えれば、通常、新しい楽器を習得するだけでも相当な時間と集中を要します。

それを3台分、しかも前例のない奏法で、ということになるので、これは普通じゃありません。

実は、当初の計画は、1台ずつAからCまで完結させてから次に進む、というものでした。

1台の楽器を考案し、製作し、演奏できるようになってから次の楽器へ。

新しいチャレンジは一つずつ片付けていくという、とても常識的な順序です。

ところが実際にはそうなりませんでした。

というのも、AからBへ進む過程で、設計段階の仮説が180度ひっくり返ることがあります。

たとえば、「この構造であれば、計算上、十分な強度になるはず」という仮説を立てても、実際は張力が耐荷重の限界を突破していたりします。

これは計算が間違っていたわけではないです。

「見えない変数があった」「知らない変数があった」という発見です。

変数を知らなければ計算しようがないですからね。

逆に言うと、変数の発見は、楽器の構造をより「立体的に」見る機会を与えてくれます。

物事というのは立体的に多面的に見ると、それまでと比べ物にならないくらい精度の高い仮説が浮かぶことがあります。

そうなったとき、僕はその仮説を検証したいという衝動を抑えられるほど器用ではないため、すぐに次の楽器を作りはじめてしまうのです。

巷ではよくPDCAサイクルが大事と言いますが、僕の場合は「PDPDPDの高速往復」かもしれません。

結果、今は「謎の楽器を3台作ったけど、まだ上手に演奏できない」という状態が生まれています。

まるで、楽しみにしていたゲームが3タイトル同時にリリースされてしまい、プレイする時間がないまま買い足してしまった、という状況です。

積みゲーならぬ、積み楽器です。


これから何をするか?

さて、この積み楽器の状態はしばらくは楽しめそうです。

それぞれの楽器単体でも楽しめますが、Viellyre + Chromatic Psaltery、Viellyre + Santur、Cantareel+ Viellyreなど、アンサンブルにするともっと面白い音楽が作れそうです。

3台の楽器の奏法と音の出し方を研究することで、楽器と音の理解の解像度が上がるような気がしています。

それがすぐに次の活動に繋がるかどうかは、今の時点ではわからないです。

ただ、これまでの経験から言えば、おそらく繋がるでしょう。

なぜなら、natu-reverbもCantareelも、Sitar Expressも、すべて「前の活動から生まれた発見や疑問」が出発点だったからです。

今回もきっと同じだろうと思っています。

要するに、重要な「仕込み」の時期です。